月老霊籤 第90番(上)
兩情若是長久時,又豈在朝朝暮暮。 二人の想いがいつまでも続くものなら、朝な夕なに一緒にいる必要などあろうか。
籤の原文と現代語訳
兩情若是長久時
二人の想いがいつまでも続くものなら、
又豈在朝朝暮暮
朝な夕なに一緒にいる必要などあろうか。
| 籤番 | 等級 | 出典 |
|---|---|---|
| 第90番(第九十籤) | 上(よい) | 秦観(しんかん)「鵲橋仙(じゃくきょうせん)」 秦觀〈鵲橋仙〉 |
校勘:秦観の原句は「兩情若是久長時」。
典故:原典は何を語っているか
七夕の夜の牽牛と織女の逢瀬を詠んだ詞で、真心が長く続くなら、毎日一緒にいる必要はない、と歌います。
秦観(しんかん)は字を少游(しょうゆう)といい、北宋の詞人で、蘇軾の門下に出て、黄庭堅・晁補之(ちょうほし)・張耒(ちょうらい)と並んで「蘇門四学士」と称され、その詞風は優美で繊細です。「鵲橋仙」(じゃっきょうせん)は七夕を詠んだもので、正確な制作年はもう確かめられません。
前段は逢瀬を描きます。細い雲がたくみな模様に姿を変え、流れ星が別離の恨みを伝え、牽牛と織女はひそかに遥かな天の川を渡る。秋風と白露のなかで一度めぐり逢えば、それは人の世の数えきれない逢瀬にまさる、と。後段は別れを描きます。優しい想いは水のように尽きることがなく、よき時は夢のように短く、鵲(かささぎ)の橋の帰り道を振り返って見るには忍びない。そして最後の二句が、年に一度しか会えない無念を、真心への肯定に転じます。
これまでの七夕の詩詞の多くは別れの悲しみに目を向けてきましたが、この詞は結びで視点を変えたため、きわめて広く伝わり、最後の二句は離れて暮らす恋人たちが互いを慰め合う言葉としてもよく使われます。月老籤がこれを収めたのは、朝夕の長さでは量れないこの情を重んじたからです。
意味
本当の想いは、朝夕そばにいることで決まるものではありません。しばらく離れて暮らしていても、気持ちは揺らぎません。
ひとこと:毎日会えないなら、一回一回の連絡に心を込めましょう。
これは籤の文句と原典に沿った読み方です。あなたの問いにどう当てはまるかは、籤を引いた廟の解籤の方に尋ねるのがいちばん確かです。
月下老人に籤を願う手順(台湾の廟の場合)
- 月下老人(月老)は、城隍廟や媽祖廟(天后宮)などの脇殿に祀られていることが多い神様です。廟の順路に従って、まず主神にお参りしてから月老の前へ進みます。
- 月老に名前・生年月日・住所を告げ、いまの恋愛の状況と、尋ねたい一つのことを伝えます(たとえば「この関係は長続きしますか」「いつ相手に出会えますか」)。
- 三日月形の木片二つ「ポエ(筊杯)」を投げ、籤を引いてよいか伺います。平らな面と丸い面が一つずつ出る「聖杯(せいはい)」が「はい」の合図です。竹の棒を一本引いたら、もう一度ポエを投げて「この番号でよいか」を確かめます。聖杯が三回続くまで確かめる廟が多く、出なければ引き直します。
- 番号の籤紙を受け取ります。月老籤の文句は古典の原文なので、意味はもとの文脈と合わせて読むのが基本です。わからなければ廟の解籤の方に尋ねます。
一度に尋ねるのは一つだけ。問いが具体的なほど、籤の言葉と照らし合わせやすくなります。月老籤は縁結び・恋愛専用の籤なので、ほかのことは廟の一般の籤詩で伺います。
よくある誤解
「下」の籤が出たら、この恋はもう望みがない。
等級は大まかな方向にすぎません。月老籤の多くは心構えややり方を戒めるもので、同じ籤でも尋ねる事柄によって意味が変わります。
よい籤が出るまで、同じことを何度も引き直してよい。
習わしでは一つのことに一度だけ引きます。迷いが残るなら、廟の解籤の方に尋ねるか、しばらく時間をおいてから改めて伺います。
ひとこと正直に:籤は信仰で、現代語訳と解説は本サイトの読み方です
籤の原文は、ネット上に流布する三つの版を比べたうえで、『詩経』・四書・『春秋左氏伝』・『西廂記』などの原典と一句ずつ照らし合わせています。明らかな写し間違いだけを改め、改めた箇所は各ページに流布本の字を示しました。等級は流布本に従い、本サイトが独自に吉凶を判断することはしません。現代語訳・典故の解説・意味・ひとことは本サイトが籤と原典から書いたもので、廟の正式な解籤ではありません。実際の解釈は、籤を引いた廟の解籤の方に尋ねてください。恋愛以外の法律・医療・お金の問題は専門家に相談してください。本サイトの内容は参考・娯楽を目的としたものです。
籤のあとは、二人の命式を
二人の生年月日を入れるだけで、四柱推命の相性鑑定が無料でできます。五行の補い合い、日柱の相性、付き合い方のポイントがわかります。
月老霊籤 第90番のよくある質問
月老霊籤の第90番には何と書かれていますか?
「兩情若是長久時,又豈在朝朝暮暮。」という文句で、現代語にすると「二人の想いがいつまでも続くものなら、朝な夕なに一緒にいる必要などあろうか。」という意味です。等級は上、出典は秦観(しんかん)「鵲橋仙(じゃくきょうせん)」です。
月老霊籤の第90番はどういう意味ですか?
本当の想いは、朝夕そばにいることで決まるものではありません。しばらく離れて暮らしていても、気持ちは揺らぎません。ひとこと添えるなら、毎日会えないなら、一回一回の連絡に心を込めましょう。