月老霊籤 第45番(上)

後生可畏,焉知來者之不如今也? 若い者は畏るべきである。将来の彼らがいまの我々に及ばないと、どうしてわかろうか?

籤の原文と現代語訳

後生可畏
若い者は畏るべきである。

焉知來者之不如今也?
将来の彼らがいまの我々に及ばないと、どうしてわかろうか?

籤番等級出典
第45番(第四十五籤)上(よい)『論語』子罕篇
《論語・子罕》

典故:原典は何を語っているか

孔子は、若者は畏敬すべきもので、彼らが将来いまの人々に及ばないなどと、どうして言えようか、と述べています。

この言葉は『論語』子罕(しかん)篇にある孔子の言葉で、誰に向けて、どんな場面で語られたものかは記されていません。原文は二つに分かれていて、前半が籤にあるこの句、後半は一転して、四十、五十になっても名が聞こえてこないようなら、その人はもう畏れるに足りない、と言います。

二つを合わせて読むと、孔子は一方で若者のまだ開かれていない可能性を重んじながら、もう一方で、その可能性には期限があり、結局は歳月のなかで自ら徳と仕事を形にしていかなければならない、と戒めていることがわかります。後世に引かれるときは前半だけのことが多く、「後生畏るべし」は若い後輩をほめる成句となり、後半の戒めのほうはかえってあまり覚えられていません。

月老籤も前半だけを採り、縁を尋ねたとき、相手がまだ若く、先のことがまだ見通せない場合への答えとしています。

意味

相手はまだ若く、実績もないかもしれませんが、伸びしろは十分です。目の前のことだけで判断しないように。

ひとこと:いまの姿よりも、その人が成長していける人かどうかを見ましょう。

これは籤の文句と原典に沿った読み方です。あなたの問いにどう当てはまるかは、籤を引いた廟の解籤の方に尋ねるのがいちばん確かです。

月下老人に籤を願う手順(台湾の廟の場合)

  1. 月下老人(月老)は、城隍廟や媽祖廟(天后宮)などの脇殿に祀られていることが多い神様です。廟の順路に従って、まず主神にお参りしてから月老の前へ進みます。
  2. 月老に名前・生年月日・住所を告げ、いまの恋愛の状況と、尋ねたい一つのことを伝えます(たとえば「この関係は長続きしますか」「いつ相手に出会えますか」)。
  3. 三日月形の木片二つ「ポエ(筊杯)」を投げ、籤を引いてよいか伺います。平らな面と丸い面が一つずつ出る「聖杯(せいはい)」が「はい」の合図です。竹の棒を一本引いたら、もう一度ポエを投げて「この番号でよいか」を確かめます。聖杯が三回続くまで確かめる廟が多く、出なければ引き直します。
  4. 番号の籤紙を受け取ります。月老籤の文句は古典の原文なので、意味はもとの文脈と合わせて読むのが基本です。わからなければ廟の解籤の方に尋ねます。

一度に尋ねるのは一つだけ。問いが具体的なほど、籤の言葉と照らし合わせやすくなります。月老籤は縁結び・恋愛専用の籤なので、ほかのことは廟の一般の籤詩で伺います。

よくある誤解

「下」の籤が出たら、この恋はもう望みがない。

等級は大まかな方向にすぎません。月老籤の多くは心構えややり方を戒めるもので、同じ籤でも尋ねる事柄によって意味が変わります。

よい籤が出るまで、同じことを何度も引き直してよい。

習わしでは一つのことに一度だけ引きます。迷いが残るなら、廟の解籤の方に尋ねるか、しばらく時間をおいてから改めて伺います。

前の籤:第44番/次の籤:第46番

ひとこと正直に:籤は信仰で、現代語訳と解説は本サイトの読み方です

籤の原文は、ネット上に流布する三つの版を比べたうえで、『詩経』・四書・『春秋左氏伝』・『西廂記』などの原典と一句ずつ照らし合わせています。明らかな写し間違いだけを改め、改めた箇所は各ページに流布本の字を示しました。等級は流布本に従い、本サイトが独自に吉凶を判断することはしません。現代語訳・典故の解説・意味・ひとことは本サイトが籤と原典から書いたもので、廟の正式な解籤ではありません。実際の解釈は、籤を引いた廟の解籤の方に尋ねてください。恋愛以外の法律・医療・お金の問題は専門家に相談してください。本サイトの内容は参考・娯楽を目的としたものです。

籤のあとは、二人の命式を

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月老霊籤 第45番のよくある質問

月老霊籤の第45番には何と書かれていますか?

「後生可畏,焉知來者之不如今也?」という文句で、現代語にすると「若い者は畏るべきである。将来の彼らがいまの我々に及ばないと、どうしてわかろうか?」という意味です。等級は上、出典は『論語』子罕篇です。

月老霊籤の第45番はどういう意味ですか?

相手はまだ若く、実績もないかもしれませんが、伸びしろは十分です。目の前のことだけで判断しないように。ひとこと添えるなら、いまの姿よりも、その人が成長していける人かどうかを見ましょう。