媽祖百首籤 第94番(剥卦)

漁翁昔日入桃源,雞黍相留笑語喧,今日再來無覓處,都因福薄與緣慳。 昔、漁師が桃源郷に迷いこんだ。鶏と黍でもてなされ、笑い声がにぎやかだった。今日また来てみたが、もうどこにも見つからない。それは福が薄く、縁が乏しいからだ。

籤詩の原文と現代語訳

漁翁昔日入桃源
昔、漁師が桃源郷に迷いこんだ。

雞黍相留笑語喧
鶏と黍でもてなされ、笑い声がにぎやかだった。

今日再來無覓處
今日また来てみたが、もうどこにも見つからない。

都因福薄與緣慳
それは福が薄く、縁が乏しいからだ。

籤番卦
第94番(第九十四首)剥(はく)卦

項目別の釈解

尋ねること釈解
仕事・試験誠の心で求めれば、遅くとも成る望み
心誠求之 可望晚成
商売あっさりとしたもの、福が薄く財もない
淡淡而已 薄福無財
妊娠・出産早めに善行を積み、足場を失わない
預早作福 免失根基
結婚始まりがあって終わりがない、縁がない
有始無終 不成無緣
外出・旅身を寄せる所がない、出かけないほうがよい
托足無依 不宜外出
家族家族は寂しく、福も禄もむなしい
寒丁孤苦 福祿雙虛
金運金運は通じず、求めても得られない
財運不通 求而不得
時の運両手はからっぽ、時の運はまだ
兩手空空 時運未到
失せ物探す気があっても、行方がわからない
有心查尋 不知去向
農作・家畜飢えをしのげる程度、利はない
只可充飢 無利可言
訴訟うまくいっているときこそ、余地を残す
得意之時 必留餘地

釈解は大天后宮の公式サイトにより、日本語は本サイトの訳です。廟の釈解にはもう一つ「疾病」の項目がありますが、本サイトでは載せていません。「妊娠・出産」の項目も昔ながらの言い回しなので、実際の妊娠・出産や体調のことは医師・助産師などの医療機関に相談してください。

意味と解説

昔、漁師が桃源郷でもてなされたのに、再び訪ねたときにはもう道が見つかりませんでした。福が薄く縁が乏しいからだ、という籤です。

典故:陶淵明の「桃花源記」では、漁師が隠れ里の桃源郷に迷いこみますが、帰ってから再び訪ねようとしても二度とたどり着けませんでした。日本でも「桃源郷」は理想郷の代名詞です。

ひとこと:逃した機会は二度と来にくいもの。今この時をつかみましょう。

これは字面に沿った読み方です。あなたの問いにどう当てはまるかは、籤を引いた廟の解籤の方に尋ねるのがいちばん確かです。

籤の引き方(台湾の媽祖廟の場合)

  1. 線香をあげ、媽祖に名前・生年月日・住所を告げてから、尋ねたい一つのことをはっきり心の中で伝えます。
  2. 三日月形の木片二つ「ポエ(筊杯)」を投げ、籤を引いてよいか伺います。平らな面と丸い面が一つずつ出る「聖杯(せいはい)」が「はい」の合図です。
  3. 籤筒から竹の棒を一本引き、もう一度ポエを投げて「この番号でよいか」を確かめます。聖杯が三回続くまで確かめる廟が多く、出なければ引き直します。
  4. 番号の籤紙を受け取り、まず詩全体の意味を読み、次に釈解のうち自分の問いに合う項目を見ます。わからなければ廟の解籤の方に尋ねます。

一度に尋ねるのは一つだけ。問いが具体的なほど、籤の言葉と照らし合わせやすくなります。

よくある誤解

暗い内容の籤が出たら、その事はもうだめだ。

籤詩の多くは戒めや方向を示すものです。同じ籤でも尋ねる事柄によって意味が変わるので、釈解の中の自分の問いに当たる項目を見てください。

よい籤が出るまで、同じことを何度も引き直してよい。

習わしでは一つのことに一度だけ引きます。迷いが残るなら、廟の解籤の方に尋ねるか、しばらく時間をおいてから改めて伺います。

前の籤:第93番/次の籤:第95番

ひとこと正直に:籤詩は信仰で、現代語訳と解説は本サイトの読み方です

籤詩の原文、卦名、釈解は台南の祀典大天后宮の公式サイトを底本とし、ほかの三つの資料と一句ずつ照らし合わせています。明らかな誤字だけを改め、改めた箇所は各ページに公式サイトの原字を示しました。現代語訳・大意・解説は本サイトが字面から書いたもので、廟の正式な解釈ではありません。実際の解籤は、籤を引いた廟の解籤の方に尋ねてください。法律・医療・お金の問題は専門家に、体調がすぐれないときは医療機関に相談してください。本サイトの内容は参考・娯楽を目的としたものです。

籤詩のあとは、あなた自身の命式を

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媽祖百首籤 第94番のよくある質問

媽祖百首籤の第94番にはどんな詩が書かれていますか?

「漁翁昔日入桃源,雞黍相留笑語喧,今日再來無覓處,都因福薄與緣慳」という七言四句で、剥卦が配されています。現代語にすると「昔、漁師が桃源郷に迷いこんだ。鶏と黍でもてなされ、笑い声がにぎやかだった。今日また来てみたが、もうどこにも見つからない。それは福が薄く、縁が乏しいからだ。」という意味です。

媽祖百首籤の第94番はどういう意味ですか?

昔、漁師が桃源郷でもてなされたのに、再び訪ねたときにはもう道が見つかりませんでした。福が薄く縁が乏しいからだ、という籤です。ひとこと添えるなら、逃した機会は二度と来にくいもの。今この時をつかみましょう。