媽祖百首籤 第66番(萃卦)

陰謀詭計日益精,神目如電雷霆驚,人有千籌天一算,自作自受最分明。 はかりごとと偽りの策は、日ごとに巧みになる。けれど神の目は稲妻のように鋭く、雷が驚かす。人が千の算段をしても、天は一つの計算で決める。自分でしたことは自分に返る、これほど明らかなことはない。

籤詩の原文と現代語訳

陰謀詭計日益精
はかりごとと偽りの策は、日ごとに巧みになる。

神目如電雷霆驚
けれど神の目は稲妻のように鋭く、雷が驚かす。

人有千籌天一算
人が千の算段をしても、天は一つの計算で決める。

自作自受最分明
自分でしたことは自分に返る、これほど明らかなことはない。

籤番卦
第66番(第六十六首)萃(すい)卦

校勘:第1句は大天后宮の公式サイトでは「陰謀詭計日稱能」。第4句は大天后宮の公式サイトでは「自為自受最分明」。

項目別の釈解

尋ねること釈解
仕事・試験あの世の神は見抜いている、善悪は隠せない
幽冥鑒格 善惡難瞞
商売ずるい商人をまねるな、企てても害はない
莫學奸商 營謀無害
妊娠・出産ねたみを改めれば、身ごもっても危うさを避けられる
切改嫉妒 孕免受危
結婚二人は合わない、慎重に
二造不合 謹慎小心
外出・旅誠実さを守れば、行き詰まりを避けられる
謹守厚道 免到窮途
家族心をまっすぐに保てば、福の田を得る
心存正直 心獲福田
金運人をあざむけば衰える、求めても得られない
欺心昧衰 求而不得
時の運骨折り損、求めても益はない
勞而無功 求而無益
失せ物自分で用心しても、結局失くす
自行小心 終被失脫
農作・家畜田の財は散り、家畜も実りがない
田財耗散 六畜無收
訴訟みずから網にかかる、人を恨んでも仕方ない
自投羅網 于人何尤

釈解は大天后宮の公式サイトにより、日本語は本サイトの訳です。廟の釈解にはもう一つ「疾病」の項目がありますが、本サイトでは載せていません。「妊娠・出産」の項目も昔ながらの言い回しなので、実際の妊娠・出産や体調のことは医師・助産師などの医療機関に相談してください。

意味と解説

はかりごとがいくら巧みになっても、神様の目は稲妻のように鋭く見抜いています。人の計算は天の計算に及ばず、自分のしたことは自分に返ってくる、という籤です。

ひとこと:よこしまな考えは、いずれ自分に跳ね返ってきます。

これは字面に沿った読み方です。あなたの問いにどう当てはまるかは、籤を引いた廟の解籤の方に尋ねるのがいちばん確かです。

籤の引き方(台湾の媽祖廟の場合)

  1. 線香をあげ、媽祖に名前・生年月日・住所を告げてから、尋ねたい一つのことをはっきり心の中で伝えます。
  2. 三日月形の木片二つ「ポエ(筊杯)」を投げ、籤を引いてよいか伺います。平らな面と丸い面が一つずつ出る「聖杯(せいはい)」が「はい」の合図です。
  3. 籤筒から竹の棒を一本引き、もう一度ポエを投げて「この番号でよいか」を確かめます。聖杯が三回続くまで確かめる廟が多く、出なければ引き直します。
  4. 番号の籤紙を受け取り、まず詩全体の意味を読み、次に釈解のうち自分の問いに合う項目を見ます。わからなければ廟の解籤の方に尋ねます。

一度に尋ねるのは一つだけ。問いが具体的なほど、籤の言葉と照らし合わせやすくなります。

よくある誤解

暗い内容の籤が出たら、その事はもうだめだ。

籤詩の多くは戒めや方向を示すものです。同じ籤でも尋ねる事柄によって意味が変わるので、釈解の中の自分の問いに当たる項目を見てください。

よい籤が出るまで、同じことを何度も引き直してよい。

習わしでは一つのことに一度だけ引きます。迷いが残るなら、廟の解籤の方に尋ねるか、しばらく時間をおいてから改めて伺います。

前の籤:第65番/次の籤:第67番

ひとこと正直に:籤詩は信仰で、現代語訳と解説は本サイトの読み方です

籤詩の原文、卦名、釈解は台南の祀典大天后宮の公式サイトを底本とし、ほかの三つの資料と一句ずつ照らし合わせています。明らかな誤字だけを改め、改めた箇所は各ページに公式サイトの原字を示しました。現代語訳・大意・解説は本サイトが字面から書いたもので、廟の正式な解釈ではありません。実際の解籤は、籤を引いた廟の解籤の方に尋ねてください。法律・医療・お金の問題は専門家に、体調がすぐれないときは医療機関に相談してください。本サイトの内容は参考・娯楽を目的としたものです。

籤詩のあとは、あなた自身の命式を

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媽祖百首籤 第66番のよくある質問

媽祖百首籤の第66番にはどんな詩が書かれていますか?

「陰謀詭計日益精,神目如電雷霆驚,人有千籌天一算,自作自受最分明」という七言四句で、萃卦が配されています。現代語にすると「はかりごとと偽りの策は、日ごとに巧みになる。けれど神の目は稲妻のように鋭く、雷が驚かす。人が千の算段をしても、天は一つの計算で決める。自分でしたことは自分に返る、これほど明らかなことはない。」という意味です。

媽祖百首籤の第66番はどういう意味ですか?

はかりごとがいくら巧みになっても、神様の目は稲妻のように鋭く見抜いています。人の計算は天の計算に及ばず、自分のしたことは自分に返ってくる、という籤です。ひとこと添えるなら、よこしまな考えは、いずれ自分に跳ね返ってきます。