媽祖百首籤 第46番(剥卦)
孤蹤飄泊等浮萍,欲渡無舟枉問津,若使當年行善事,何須今日叩神明。 ひとり寄る辺なく、浮き草のようにただよう。渡ろうにも舟がなく、渡し場を尋ねてもむだ。もしあの頃、善い行いをしていたなら、今日わざわざ神様の門をたたくこともなかったろう。
籤詩の原文と現代語訳
孤蹤飄泊等浮萍
ひとり寄る辺なく、浮き草のようにただよう。
欲渡無舟枉問津
渡ろうにも舟がなく、渡し場を尋ねてもむだ。
若使當年行善事
もしあの頃、善い行いをしていたなら、
何須今日叩神明
今日わざわざ神様の門をたたくこともなかったろう。
| 籤番 | 卦 |
|---|---|
| 第46番(第四十六首) | 剥(はく)卦 |
校勘:第2句は大天后宮の公式サイトでは「欲渡無舟枉問程」。
項目別の釈解
| 尋ねること | 釈解 |
|---|---|
| 仕事・試験 | 早くから修めなかった、望んでもむだ 不早修行 枉然妄想 |
| 商売 | 人をあざむく商いで、元手を失う 貿易欺心 資本耗散 |
| 妊娠・出産 | 子を望んでも、黄河が澄むのを待つようなもの 欲求子息 黃河澄清 |
| 結婚 | 縁が薄く、まとまらない 緣份淡薄 不能成就 |
| 外出・旅 | 渡ろうにも舟も櫂もない 過口難免 若無船楫 |
| 家族 | 善行がまるでなく、家は寂しい 全無善功 門庭冷落 |
| 金運 | 商いは立ち行かず、求めても得られない 經營難濟 求之不得 |
| 時の運 | 今はよくない、どこでも同じ 正在不佳 到處亦然 |
| 失せ物 | 損をする時、取り戻せない 破財之時 安能回頭 |
| 農作・家畜 | 四季を通じて、収穫はない 四季皆然 無一收利 |
| 訴訟 | お役所がらみの星、びくびくすることがある 身犯官符 恐有虛心 |
釈解は大天后宮の公式サイトにより、日本語は本サイトの訳です。廟の釈解にはもう一つ「疾病」の項目がありますが、本サイトでは載せていません。「妊娠・出産」の項目も昔ながらの言い回しなので、実際の妊娠・出産や体調のことは医師・助産師などの医療機関に相談してください。
意味と解説
浮き草のようにひとりただよい、渡ろうにも舟がありません。昔から善い行いをしていたなら、今日神様に頼む必要もなかった、という籤です。
ひとこと:善い行いを始めるのに、遅すぎることはありません。
これは字面に沿った読み方です。あなたの問いにどう当てはまるかは、籤を引いた廟の解籤の方に尋ねるのがいちばん確かです。
籤の引き方(台湾の媽祖廟の場合)
- 線香をあげ、媽祖に名前・生年月日・住所を告げてから、尋ねたい一つのことをはっきり心の中で伝えます。
- 三日月形の木片二つ「ポエ(筊杯)」を投げ、籤を引いてよいか伺います。平らな面と丸い面が一つずつ出る「聖杯(せいはい)」が「はい」の合図です。
- 籤筒から竹の棒を一本引き、もう一度ポエを投げて「この番号でよいか」を確かめます。聖杯が三回続くまで確かめる廟が多く、出なければ引き直します。
- 番号の籤紙を受け取り、まず詩全体の意味を読み、次に釈解のうち自分の問いに合う項目を見ます。わからなければ廟の解籤の方に尋ねます。
一度に尋ねるのは一つだけ。問いが具体的なほど、籤の言葉と照らし合わせやすくなります。
よくある誤解
暗い内容の籤が出たら、その事はもうだめだ。
籤詩の多くは戒めや方向を示すものです。同じ籤でも尋ねる事柄によって意味が変わるので、釈解の中の自分の問いに当たる項目を見てください。
よい籤が出るまで、同じことを何度も引き直してよい。
習わしでは一つのことに一度だけ引きます。迷いが残るなら、廟の解籤の方に尋ねるか、しばらく時間をおいてから改めて伺います。
ひとこと正直に:籤詩は信仰で、現代語訳と解説は本サイトの読み方です
籤詩の原文、卦名、釈解は台南の祀典大天后宮の公式サイトを底本とし、ほかの三つの資料と一句ずつ照らし合わせています。明らかな誤字だけを改め、改めた箇所は各ページに公式サイトの原字を示しました。現代語訳・大意・解説は本サイトが字面から書いたもので、廟の正式な解釈ではありません。実際の解籤は、籤を引いた廟の解籤の方に尋ねてください。法律・医療・お金の問題は専門家に、体調がすぐれないときは医療機関に相談してください。本サイトの内容は参考・娯楽を目的としたものです。
籤詩のあとは、あなた自身の命式を
生年月日を入れるだけで、四柱推命の命式を無料で出せます。五行のバランスや通変星がわかります。
媽祖百首籤 第46番のよくある質問
媽祖百首籤の第46番にはどんな詩が書かれていますか?
「孤蹤飄泊等浮萍,欲渡無舟枉問津,若使當年行善事,何須今日叩神明」という七言四句で、剥卦が配されています。現代語にすると「ひとり寄る辺なく、浮き草のようにただよう。渡ろうにも舟がなく、渡し場を尋ねてもむだ。もしあの頃、善い行いをしていたなら、今日わざわざ神様の門をたたくこともなかったろう。」という意味です。
媽祖百首籤の第46番はどういう意味ですか?
浮き草のようにひとりただよい、渡ろうにも舟がありません。昔から善い行いをしていたなら、今日神様に頼む必要もなかった、という籤です。ひとこと添えるなら、善い行いを始めるのに、遅すぎることはありません。