月老霊籤 第96番(上上)
雖執鞭之士,吾亦為之。 たとえ鞭を執る卑しい役目でも、私はそれをしよう。
籤の原文と現代語訳
雖執鞭之士
たとえ鞭を執る卑しい役目でも、
吾亦為之
私はそれをしよう。
| 籤番 | 等級 | 出典 |
|---|---|---|
| 第96番(第九十六籤) | 上上(とてもよい) | 『論語』述而篇 《論語・述而》 |
典故:原典は何を語っているか
孔子は、富貴が求めて得られるものなら、人の車の鞭を執るような卑しい役目でもしよう、と述べています。
この句は『論語』述而(じゅつじ)篇に見えます。孔子の言葉には後半もあり、求めても得られないのなら、自分の好きなことをしよう、と続きます。「執鞭の士」は一般に、身分の高い人のために鞭を執って道を開く小役人と解され、市場で鞭を執って秩序を保つ人だとする説もありますが、いずれにしても身分の低い仕事です。
この言葉はどんな場面で語られたのか記されておらず、要はむしろ後半にあります。富貴が得られるかどうかは人が決められるものではなく、無理に求めても手に入らないのだから、自分の志に従って日々を送るほうがよい、ということです。述而篇で孔子は、粗末な飯を食べ、水を飲み、肘を曲げて枕にする、楽しみはそのなかにもある、不義によって得た富貴は自分にとって浮き雲のようなものだ、とも言っていて、ちょうど照らし合わせて読むことができます。
月老籤は前半だけを切り取り、身を低くして進んで動こうとする、その心意気に重きを置いています。後半のゆとりは語られていませんが、二つを合わせて読んでこそ、意味は完全になります。
意味
愛する人のためなら、身を低くして苦労もいとわない。その覚悟があれば、縁は実ります。
ひとこと:尽くすなら喜んで。あとから見返りを数えないように。
これは籤の文句と原典に沿った読み方です。あなたの問いにどう当てはまるかは、籤を引いた廟の解籤の方に尋ねるのがいちばん確かです。
月下老人に籤を願う手順(台湾の廟の場合)
- 月下老人(月老)は、城隍廟や媽祖廟(天后宮)などの脇殿に祀られていることが多い神様です。廟の順路に従って、まず主神にお参りしてから月老の前へ進みます。
- 月老に名前・生年月日・住所を告げ、いまの恋愛の状況と、尋ねたい一つのことを伝えます(たとえば「この関係は長続きしますか」「いつ相手に出会えますか」)。
- 三日月形の木片二つ「ポエ(筊杯)」を投げ、籤を引いてよいか伺います。平らな面と丸い面が一つずつ出る「聖杯(せいはい)」が「はい」の合図です。竹の棒を一本引いたら、もう一度ポエを投げて「この番号でよいか」を確かめます。聖杯が三回続くまで確かめる廟が多く、出なければ引き直します。
- 番号の籤紙を受け取ります。月老籤の文句は古典の原文なので、意味はもとの文脈と合わせて読むのが基本です。わからなければ廟の解籤の方に尋ねます。
一度に尋ねるのは一つだけ。問いが具体的なほど、籤の言葉と照らし合わせやすくなります。月老籤は縁結び・恋愛専用の籤なので、ほかのことは廟の一般の籤詩で伺います。
よくある誤解
「下」の籤が出たら、この恋はもう望みがない。
等級は大まかな方向にすぎません。月老籤の多くは心構えややり方を戒めるもので、同じ籤でも尋ねる事柄によって意味が変わります。
よい籤が出るまで、同じことを何度も引き直してよい。
習わしでは一つのことに一度だけ引きます。迷いが残るなら、廟の解籤の方に尋ねるか、しばらく時間をおいてから改めて伺います。
ひとこと正直に:籤は信仰で、現代語訳と解説は本サイトの読み方です
籤の原文は、ネット上に流布する三つの版を比べたうえで、『詩経』・四書・『春秋左氏伝』・『西廂記』などの原典と一句ずつ照らし合わせています。明らかな写し間違いだけを改め、改めた箇所は各ページに流布本の字を示しました。等級は流布本に従い、本サイトが独自に吉凶を判断することはしません。現代語訳・典故の解説・意味・ひとことは本サイトが籤と原典から書いたもので、廟の正式な解籤ではありません。実際の解釈は、籤を引いた廟の解籤の方に尋ねてください。恋愛以外の法律・医療・お金の問題は専門家に相談してください。本サイトの内容は参考・娯楽を目的としたものです。
籤のあとは、二人の命式を
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月老霊籤 第96番のよくある質問
月老霊籤の第96番には何と書かれていますか?
「雖執鞭之士,吾亦為之。」という文句で、現代語にすると「たとえ鞭を執る卑しい役目でも、私はそれをしよう。」という意味です。等級は上上、出典は『論語』述而篇です。
月老霊籤の第96番はどういう意味ですか?
愛する人のためなら、身を低くして苦労もいとわない。その覚悟があれば、縁は実ります。ひとこと添えるなら、尽くすなら喜んで。あとから見返りを数えないように。