月老霊籤 第47番(中)
害女紅者也。 女性の手仕事の妨げになるものである。
籤の原文と現代語訳
害女紅者也
女性の手仕事の妨げになるものである。
| 籤番 | 等級 | 出典 |
|---|---|---|
| 第47番(第四十七籤) | 中(吉凶半ば) | 『漢書』景帝紀 《漢書・景帝紀》 |
典故:原典は何を語っているか
前漢の景帝の詔(みことのり)の一節で、華美すぎる錦や刺繍は、女性の本業である機織りの妨げになる、と述べています。
前漢の景帝の後元二年(紀元前142年)夏四月、景帝は農業を重んじる詔を下しました。『漢書』(かんじょ)景帝紀に収められています。詔は冒頭で、手の込んだ彫刻や細工の品は農事を損ない、錦や刺繍の害は籤にあるとおりだ、と述べます。農事が損なわれるのは飢饉の源であり、機織りがおろそかになるのは寒さに苦しむもとである。人が飢えと寒さに同時に見舞われれば、悪事に走らずにいられる者はまれだ、と。
景帝は続けて、自ら田を耕し、皇后は自ら蚕を飼って、天下の手本となっていると述べ、さらに献上品を受けず、宮中の食膳を減らし、労役や租税を軽くして、民が耕作と機織りに専念し、蓄えをして災害に備えることを願いました。後半では官吏が賄賂を受け取り、民から奪い取ることを責め、各地の長官に職責を守るよう命じ、怠った者は丞相が上奏して罰するとしています。これは「文景の治」の倹約を尊ぶ気風を代表する文章です。
「女紅」(じょこう)とは女性の機織りや針仕事を指します。月老籤は一句だけを切り取り、ぜいたくへのこの戒めを借りて、二人の暮らしのなかで何を重んじ何を後回しにするかを語っています。
意味
見た目や体裁を重んじすぎると、肝心なことがおろそかになります。恋は地に足をつけて。
ひとこと:見栄は少なめに、実のあることを多めに。
これは籤の文句と原典に沿った読み方です。あなたの問いにどう当てはまるかは、籤を引いた廟の解籤の方に尋ねるのがいちばん確かです。
月下老人に籤を願う手順(台湾の廟の場合)
- 月下老人(月老)は、城隍廟や媽祖廟(天后宮)などの脇殿に祀られていることが多い神様です。廟の順路に従って、まず主神にお参りしてから月老の前へ進みます。
- 月老に名前・生年月日・住所を告げ、いまの恋愛の状況と、尋ねたい一つのことを伝えます(たとえば「この関係は長続きしますか」「いつ相手に出会えますか」)。
- 三日月形の木片二つ「ポエ(筊杯)」を投げ、籤を引いてよいか伺います。平らな面と丸い面が一つずつ出る「聖杯(せいはい)」が「はい」の合図です。竹の棒を一本引いたら、もう一度ポエを投げて「この番号でよいか」を確かめます。聖杯が三回続くまで確かめる廟が多く、出なければ引き直します。
- 番号の籤紙を受け取ります。月老籤の文句は古典の原文なので、意味はもとの文脈と合わせて読むのが基本です。わからなければ廟の解籤の方に尋ねます。
一度に尋ねるのは一つだけ。問いが具体的なほど、籤の言葉と照らし合わせやすくなります。月老籤は縁結び・恋愛専用の籤なので、ほかのことは廟の一般の籤詩で伺います。
よくある誤解
「下」の籤が出たら、この恋はもう望みがない。
等級は大まかな方向にすぎません。月老籤の多くは心構えややり方を戒めるもので、同じ籤でも尋ねる事柄によって意味が変わります。
よい籤が出るまで、同じことを何度も引き直してよい。
習わしでは一つのことに一度だけ引きます。迷いが残るなら、廟の解籤の方に尋ねるか、しばらく時間をおいてから改めて伺います。
ひとこと正直に:籤は信仰で、現代語訳と解説は本サイトの読み方です
籤の原文は、ネット上に流布する三つの版を比べたうえで、『詩経』・四書・『春秋左氏伝』・『西廂記』などの原典と一句ずつ照らし合わせています。明らかな写し間違いだけを改め、改めた箇所は各ページに流布本の字を示しました。等級は流布本に従い、本サイトが独自に吉凶を判断することはしません。現代語訳・典故の解説・意味・ひとことは本サイトが籤と原典から書いたもので、廟の正式な解籤ではありません。実際の解釈は、籤を引いた廟の解籤の方に尋ねてください。恋愛以外の法律・医療・お金の問題は専門家に相談してください。本サイトの内容は参考・娯楽を目的としたものです。
籤のあとは、二人の命式を
二人の生年月日を入れるだけで、四柱推命の相性鑑定が無料でできます。五行の補い合い、日柱の相性、付き合い方のポイントがわかります。
月老霊籤 第47番のよくある質問
月老霊籤の第47番には何と書かれていますか?
「害女紅者也。」という文句で、現代語にすると「女性の手仕事の妨げになるものである。」という意味です。等級は中、出典は『漢書』景帝紀です。
月老霊籤の第47番はどういう意味ですか?
見た目や体裁を重んじすぎると、肝心なことがおろそかになります。恋は地に足をつけて。ひとこと添えるなら、見栄は少なめに、実のあることを多めに。