月老霊籤 第21番(上上)

十畝之間兮,桑者閒閒兮。 十畝(せ)の桑畑のあいだで、桑を摘む人はのんびりと。

籤の原文と現代語訳

十畝之間兮
十畝(せ)の桑畑のあいだで、

桑者閒閒兮
桑を摘む人はのんびりと。

籤番等級出典
第21番(第二十一籤)上上(とてもよい)『詩経』魏風「十畝之間(じっぽのかん)」
《詩經・魏風・十畝之間》

典故:原典は何を語っているか

十畝の桑畑のあいだで、桑を摘む人たちがのんびりと働き、連れ立って家に帰っていく情景です。

「十畝之間」(じっぽのかん)は『詩経』の「魏風」(ぎふう)にあるごく短い詩で、二章、各章三句しかありません。籤にあるのは第一章です。第二章は場所が十畝の外に移り、和やかな光景は同じですが、言葉は「帰ろう」から「一緒に行こう」に変わります。

この詩の背景については、昔から二通りの読み方があります。『毛詩序』は時世への風刺と見ました。魏の国土は隣国に削られ、民は落ち着いて暮らす場所さえ足りない、というのです。一方、宋代の蘇轍(そてつ)や朱熹の系統は、朝廷の政に疲れた人が、友と一緒に田園へ帰りたいと願う詩として読みました。どちらにしても、詩に残っているのは桑畑と野良仕事と連れ立つ人だけで、語り口は終始穏やかです。

月老籤がこの句を採ったのは、おそらくこのゆとりに目をとめたからでしょう。二人がありふれた畑のあいだを肩を並べて家に帰る。劇的なことは何もなくても、そこには確かな安らぎがあります。

意味

穏やかで落ち着いた日々を、二人が気楽に寄り添って過ごす。それこそがよい縁です。

ひとこと:平凡な毎日を心地よく過ごせることは、劇的な恋よりも尊いものです。

これは籤の文句と原典に沿った読み方です。あなたの問いにどう当てはまるかは、籤を引いた廟の解籤の方に尋ねるのがいちばん確かです。

月下老人に籤を願う手順(台湾の廟の場合)

  1. 月下老人(月老)は、城隍廟や媽祖廟(天后宮)などの脇殿に祀られていることが多い神様です。廟の順路に従って、まず主神にお参りしてから月老の前へ進みます。
  2. 月老に名前・生年月日・住所を告げ、いまの恋愛の状況と、尋ねたい一つのことを伝えます(たとえば「この関係は長続きしますか」「いつ相手に出会えますか」)。
  3. 三日月形の木片二つ「ポエ(筊杯)」を投げ、籤を引いてよいか伺います。平らな面と丸い面が一つずつ出る「聖杯(せいはい)」が「はい」の合図です。竹の棒を一本引いたら、もう一度ポエを投げて「この番号でよいか」を確かめます。聖杯が三回続くまで確かめる廟が多く、出なければ引き直します。
  4. 番号の籤紙を受け取ります。月老籤の文句は古典の原文なので、意味はもとの文脈と合わせて読むのが基本です。わからなければ廟の解籤の方に尋ねます。

一度に尋ねるのは一つだけ。問いが具体的なほど、籤の言葉と照らし合わせやすくなります。月老籤は縁結び・恋愛専用の籤なので、ほかのことは廟の一般の籤詩で伺います。

よくある誤解

「下」の籤が出たら、この恋はもう望みがない。

等級は大まかな方向にすぎません。月老籤の多くは心構えややり方を戒めるもので、同じ籤でも尋ねる事柄によって意味が変わります。

よい籤が出るまで、同じことを何度も引き直してよい。

習わしでは一つのことに一度だけ引きます。迷いが残るなら、廟の解籤の方に尋ねるか、しばらく時間をおいてから改めて伺います。

前の籤:第20番/次の籤:第22番

ひとこと正直に:籤は信仰で、現代語訳と解説は本サイトの読み方です

籤の原文は、ネット上に流布する三つの版を比べたうえで、『詩経』・四書・『春秋左氏伝』・『西廂記』などの原典と一句ずつ照らし合わせています。明らかな写し間違いだけを改め、改めた箇所は各ページに流布本の字を示しました。等級は流布本に従い、本サイトが独自に吉凶を判断することはしません。現代語訳・典故の解説・意味・ひとことは本サイトが籤と原典から書いたもので、廟の正式な解籤ではありません。実際の解釈は、籤を引いた廟の解籤の方に尋ねてください。恋愛以外の法律・医療・お金の問題は専門家に相談してください。本サイトの内容は参考・娯楽を目的としたものです。

籤のあとは、二人の命式を

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月老霊籤 第21番のよくある質問

月老霊籤の第21番には何と書かれていますか?

「十畝之間兮,桑者閒閒兮。」という文句で、現代語にすると「十畝(せ)の桑畑のあいだで、桑を摘む人はのんびりと。」という意味です。等級は上上、出典は『詩経』魏風「十畝之間(じっぽのかん)」です。

月老霊籤の第21番はどういう意味ですか?

穏やかで落ち着いた日々を、二人が気楽に寄り添って過ごす。それこそがよい縁です。ひとこと添えるなら、平凡な毎日を心地よく過ごせることは、劇的な恋よりも尊いものです。