エリザベス2世の四柱推命:魁罡日に生まれた庚金と、重すぎる印
エリザベス2世は七十年在位し、イギリス史上もっとも長く王位にあった君主です。出生時刻は公式記録に残っていて、命式は 丙寅 壬辰 庚辰 丁丑 になります。日柱の庚辰と月柱の壬辰は、伝統的な神殺(しんさつ)ではどちらも「魁罡(かいごう)」です。さらに命式の中の印星(土)が全体の四割近くを占め、重すぎてかえって病になっています。印は中国語で官職の「印章」の意味でもあり、重すぎる印ほど王冠にふさわしい比喩はないでしょう。
出生データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 1926 年 4 月 21 日 |
| 時刻 | 午前 2:40(英国夏時間) |
| 出生地 | イギリス・ロンドン、メイフェア地区ブルトン・ストリート 17 番地 |
| 出典 | 公式記録(出生データ集 Astro-Databank の評価は AA) |
| 真太陽時 | 約 1:41(丑の刻) |
1926 年のイギリスの夏時間は 4 月 18 日に始まっていて、彼女が生まれたときには時計が 1 時間進められていました。まず 60 分を引き、真太陽時にすると約 1:41 です。引かなくても 2:41 で、どちらも丑の刻(1 時〜3 時)に入るため、この命式に時辰の争いはありません。
付け加えると、彼女は生まれたとき王位継承者ではありませんでした。父は国王の次男で、王位が回ってくるとは考えられていなかったのです。10 歳のとき伯父エドワード8世が退位して父が即位し、ようやく王位継承順位の第一位になりました。
四柱と通変星
エリザベス2世の命式(当サイトのエンジン)
1926 年 4 月 21 日 丑の刻・女性
- 日干は庚金(刀剣や鉱石のような、磨かれる前の金属)で、辰月生まれ。辰は湿った土で、土は金を生むので、季節を得ています。
- 月支の辰、日支の辰、時支の丑はすべて土で、庚金にとっては印星です。二つの辰は「自刑(じけい)」にもなります。
- 年干の丙火は偏官(七殺)、時干の丁火は正官で、官殺が二つとも透っています。その間にある月干の壬水(食神)が、片方で丙を剋し、片方で丁と干合しています。
- 日干の根は、時支の丑に蔵されたわずかな辛金だけです。
| 柱 | 干支 | 天干の通変星 | 蔵干(通変星) |
|---|---|---|---|
| 年柱 | 丙寅 | 偏官 | 甲(偏財)・丙(偏官)・戊(偏印) |
| 月柱 | 壬辰 | 食神 | 戊(偏印)・乙(正財)・癸(傷官) |
| 日柱 | 庚辰 | 日干 | 戊(偏印)・乙(正財)・癸(傷官) |
| 時柱 | 丁丑 | 正官 | 己(印綬)・癸(傷官)・辛(劫財) |
エンジンの判定は中和、点数は 0.419。この命式でいちばん特徴的なのは、喜忌の決まり方です。ふつうの扶抑の考え方なら、中和でやや弱い庚金は土(印星)に生じてもらうのを喜ぶはずです。ところがこの命式ではすでに土が約 39% を占め、多すぎて負担になっています。伝統的にはこれを「土多金埋(土が多すぎて金が埋もれる)」と言い、土が厚すぎると金はかえって埋もれて光を放てません。そこでエンジンは病薬の規則を使って土を喜神から忌神に移し、土をほぐす木を取ります。喜神は木・金、忌神は火・土になります。
印星が重すぎる:重すぎる印
四柱推命で印星は、庇護・資源・名分・責任を表し、伝統的には「官印」、つまり職位と権力のあかしにも直結します。ふつうの人の命式に印星があるのはよいことで、支えてくれる人や頼れるものがあることを意味します。けれども多すぎると、それは身にのしかかるものになります。責任、ルール、身分、周囲の期待が、幾重にも重なっていくのです。
この比喩は彼女にぴったりです。25 歳で即位し、生涯を決められた身分の中で過ごし、選択の余地はほとんどありませんでした。彼女についていちばんよく語られるのは、七十年変わらなかった責任感と自制です。印は彼女に座る場所を与え、同時に彼女をその場所に縛りつけました。
魁罡:二つの剛強な柱
庚辰・壬辰・庚戌・壬戌の四つの日柱を、伝統的な神殺では「魁罡」と呼びます。古書は魁罡日生まれの人を、剛強で決断力があり権力を握れると説き、「財官を見るのはよくない」ともよく言います。彼女の日柱は庚辰で、月柱の壬辰も魁罡です。当サイトの鑑定では神殺の比重はごく低く、補助的な参考にとどめていますが(神殺の一覧を参照)、この対応は命理の先生がよく例に挙げるので、並べておきます。
大運:印綬の大運で王位を継ぐ
女性で、年干の丙は陽干なので、大運は逆行し、6 歳から始まります。
| 大運 | 通変星 | 年 | 喜忌 | この時期の出来事 |
|---|---|---|---|---|
| 辛卯 | 劫財 | 1931〜1940 | 喜/喜 | 1936 年、伯父が退位して父が即位し、王位継承順位の第一位になる |
| 庚寅 | 比肩 | 1941〜1950 | 喜/喜 | 第二次世界大戦中に女性の補助部隊に加わる。1947 年にフィリップと結婚、1948 年に長男チャールズが誕生 |
| 己丑 | 印綬 | 1951〜1960 | 忌/忌 | 1952 年に父が急逝し、25 歳で即位。1953 年に戴冠 |
| 戊子 | 偏印 | 1961〜1970 | 忌/平 | 植民地が次々に独立し、大英帝国がコモンウェルス(英連邦)へ移行 |
| 丁亥 | 正官 | 1971〜1980 | 忌/平 | 1977 年、在位 25 周年 |
| 丙戌 | 偏官 | 1981〜1990 | 忌/忌 | 1981 年、皇太子の成婚。1980 年代末から子どもたちの結婚に次々と問題が生じる |
| 乙酉 | 正財 | 1991〜2000 | 喜/喜 | 1992 年、ウィンザー城の火災と子ども三人の結婚の破綻。1997 年、ダイアナ妃の死後に王室が強い批判を浴びる |
| 甲申 | 偏財 | 2001〜2010 | 喜/喜 | 2002 年、在位 50 周年。王室の人気が回復 |
| 癸未 | 傷官 | 2011〜2020 | 平/忌 | 2012 年、在位 60 周年。2015 年、イギリス史上もっとも長く在位した君主に |
| 壬午 | 食神 | 2021〜2030 | 平/忌 | 2021 年、フィリップ殿下が死去。2022 年、在位 70 周年 |
「喜/忌」は天干・地支の順に、その五行がこの命式にとって喜神・用神(喜)か、忌神(忌)か、どちらでもない(平)かを示します。
- 1931〜1950 年の最初の二つの大運は、天干も地支も喜です。辛卯・庚寅で、金は日干を支える比劫、木は土をほぐす薬です。この二十年で彼女は、即位するはずのなかった王女から王位継承順位の第一位になり、結婚して子を持ちました。生涯のうちで「まだ自分でいられた」時期です。1947 年の丁亥の年に結婚していますが、天干の丁火は正官で、伝統的に女性の命式では正官を夫の星とするので、この年の結婚は古法の説に合います。
- 1951 年からの己丑の大運は「印綬」の大運で、天干も地支も忌です。彼女はこの大運の二年目に王位を継ぎました。すでに印星が重すぎる命式にとって、印綬の大運はもうひとつ印が加わるのと同じです。受け継いだのは、まさに重すぎる印でした。もっとも若く、もっとも準備のないまま王位に押し上げられた時期でもあります。
合わないところ:喜の大運の中の「ひどい年」
1992 年、ウィンザー城が火事になり、子ども三人の結婚が同じ年に破綻または別居を発表しました。彼女は年末のスピーチでこの年をラテン語で「ひどい年」(annus horribilis)と呼んでいます。本来なら忌の運に入っていそうなものですが、実際は逆でした。
| 年 | 年柱 | 大運 | 年の喜忌 | 大運の喜忌 |
|---|---|---|---|---|
| 1992 | 壬申 | 乙酉 | 平/喜 | 喜/喜 |
| 1997 | 丁丑 | 乙酉 | 忌/忌 | 喜/喜 |
1992 年の大運乙酉は天干も地支も喜で、年の壬申にも忌神はありません。1997 年の丁丑の年はたしかに天干地支とも忌で、この年ダイアナ妃が亡くなり、王室は対応の遅さで強い批判を浴びました。こちらはよく合います。
1992 年が合わない理由として、二つの読み方が考えられます。一つは、その年の不幸が主に子どもたちの身に起こったもので、本人への打撃は見かけほど大きくなかったという読み。もう一つは、喜の運でも毎年が順調だとは限らないという読みです。どちらも並べたうえで、率直に認めておきます。この年は彼女自身の命式では、たしかに合いません。
エリザベス2世は 2022 年 9 月、96 歳で亡くなりました。当サイトでは四柱推命で寿命を論じません。これはこのシリーズのすべての命式で同じです。
マリリン・モンローとの比較:同じ年に生まれた二つの金
1926 年、丙寅の年には、もうひとり 20 世紀を代表する人物が生まれています。同じ年の 6 月 1 日にロサンゼルスで生まれたマリリン・モンロー(出生証明書では午前 9:30)です。二人の日干は、どちらも金でした。
| エリザベス2世 | マリリン・モンロー | |
|---|---|---|
| 命式 | 丙寅 壬辰 庚辰 丁丑 | 丙寅 癸巳 辛酉 癸巳 |
| 日干 | 庚金:陽の金、刀剣・鉱石 | 辛金:陰の金、宝石・装身具 |
| 強弱 | 中和(0.419) | 中和(0.409) |
| 喜神 | 木・金 | 土・金 |
| 命式の要点 | 印星(土)が重すぎ、責任と身分に囲まれる | 夏の巳月生まれで火(官殺)が旺じ、視線と重圧に囲まれる |
伝統的な象意では、庚金はまだ磨かれていない刀剣や鉱石、辛金はすでに磨き上げられた宝石や装身具です。一方は生涯制服に身を包み国家を代表した君主、一方は生涯カメラとフラッシュに囲まれたスター。剛と柔の二つの金が、同じ年に生まれました。遊びとしての比較で、性格の結論ではありません。
命式が実際の人生と合わないところ
女王の命式は帝王の格局のはずだ。
彼女の命式は中和で、印星が重すぎて病になっているだけで、格局に「帝王」の印があるわけではありません。王位は血統と一度の思いがけない退位から来たもので、1926 年 4 月 21 日の同じ時辰に生まれた女性は、世界でおそらく一万人ほどいます。
印綬の大運はいい運だ。
ふつうの身弱の人にとって、印綬の大運は支えられるいい運です。しかし印星がすでに重すぎる命式では、印綬の大運はかえって忌の運になります。同じ通変星でも、命式が違えば意味がまったく逆になることがあります。
喜の大運の中では悪いことは起こらない。
彼女が「ひどい年」と呼んだ 1992 年は、天干も地支も喜という大運の中にありました。喜が示すのは全体の方向だけで、毎年の順調さを約束するものでも、家族の身に起こることまで含むものでもありません。
紫微斗数の命盤
同じ出生時刻を紫微斗数(しびとすう)で出したものです(三合派。当サイトの紫微斗数の命盤作成と同じエンジンで、上の四柱推命と同じ真太陽時を使っています)。四柱推命は五行の強弱と喜忌を見、紫微斗数はどの星がどの宮に入るかを見ます。二つの体系は問いが違うので、まず紫微の命盤を単独で示し、そのうえで四柱推命の読みとどこが一致し、どこが違うかを説明します。
陽女・木三局
盤公式記録
出生1926-04-21 1:41(真太陽時)
旧暦丙寅年 3月10日 丑の刻
命身命宮卯・身宮巳(福徳宮)
四化天同禄 天機権 文昌科 廉貞忌
金色の枠が命宮、薄い色が命宮の三方四正(財帛宮・官禄宮・遷移宮)です。色付きの小さな札は生年四化、赤字は六煞星、星名の後ろの小さな字は廟旺(明るさ)です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 命宮(卯) | 武曲(利)・七殺(旺) |
| 身宮 | 福徳宮 |
| 五行局 | 木三局(3 歳から大限、逆行) |
| 生年四化 | 天同化禄が兄弟宮に・天機化権が田宅宮に・文昌化科が遷移宮に・廉貞化忌が財帛宮に |
| 財帛宮 | 廉貞(陥・化忌)・貪狼(陥) |
| 官禄宮 | 紫微(廟)・破軍(旺) |
| 遷移宮 | 天府(旺) |
| 夫妻宮 | 天相(廟) |
エリザベス2世の命宮は武曲・七殺が同じ宮に入ります(卯宮)。剛毅で責任感があり、決断が早い、財の星と将の星の組み合わせです。興味深いのは、帝王の星と呼ばれる紫微が命宮ではなく官禄宮にあり、破軍と同じ宮にいることです。紫微斗数の言葉で言えば、王位は彼女の仕事であって、性格ではありません。四柱推命の中和の庚金、木・金が喜神という読みと並べると、二つの体系はどちらも、責任とルールに枠をはめられ、規律で自分を支えてきた人物を指しています。合わないところは財帛宮です。廉貞・貪狼で、廉貞が化忌、二つの星がともに陥。古書はこの財帛宮を控えめに評価します。ただ、彼女の財産の多くは王室と制度に属するもので、個人の経営から生まれたものではないため、この宮を実際の境遇と直接照らし合わせるのは難しいところです。
流派、閏月、子の刻の扱いは紫微斗数の命盤ページの設定説明を、二つの体系の違いは四柱推命と紫微斗数をご覧ください。後知恵への注意はここでも同じです。結果を知ってから命盤を見れば、どの星にも説明がついてしまいます。
西洋占星術のホロスコープ
同じ出生の瞬間を、西洋占星術のホロスコープ(出生図)で出したものです(トロピカル方式、プラシーダス方式のハウス。当サイトのホロスコープ作成と同じエンジン)。ホロスコープは生まれた瞬間の空を使うので真太陽時への換算は不要ですが、アセンダントとハウスを決めるには出生地の緯度が必要です。四柱推命と紫微斗数はどちらも暦から導きますが、ホロスコープは惑星の位置を直接計算します。三つの体系は出発点が違うため、まずホロスコープを単独で示し、そのうえで四柱推命・紫微斗数の読みと重なる点を説明します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 太陽 | 牡牛座 0°12′、第2ハウス |
| 月 | 獅子座 12°07′、第7ハウス |
| アセンダント(ASC) | 山羊座 21°23′ |
| 支配星 | 土星、蠍座の第9ハウス(アセンダントの星座の古典的な支配星) |
| MC(天頂) | 蠍座 25°33′ |
| 水星 | 牡羊座 4°39′、第2ハウス |
| 金星 | 魚座 13°57′、第1ハウス(エグザルテーション) |
| 火星 | 水瓶座 20°52′、第1ハウス |
| 木星 | 水瓶座 22°30′、第1ハウス |
| 土星 | 蠍座 24°26′、第9ハウス、逆行 |
| 十天体のエレメント | 火 3・地 1・風 2・水 4/活動宮 2・不動宮 6・柔軟宮 2 |
| もっとも緊密なアスペクト | 木星と海王星のオポジション(0.5°)・火星と海王星のオポジション(1.2°)・金星と冥王星のトライン(1.3°) |
アセンダントは山羊座、支配星は土星です。土星は責任・規律・長期にわたって背負うものを表し、これは「責任」がまず目に入るホロスコープです。25 歳で即位し七十年在位した人に、これ以上ぴったりの例はなかなかありません。太陽は牡牛座の 0°で、生まれる約 5 時間前に牡羊座から移ってきたばかりです。牡牛座は安定と伝統、そして土地や形のあるものを重んじます。月は獅子座で第7ハウスにあり、尊厳を必要とする感情が、人間関係と公の場の位置に置かれています。四柱推命は彼女を魁罡日の庚金で重すぎる印を受け継いだ人と読み、これも立場に枠をはめられた一生を語っています。山羊座のアセンダントと支配星土星の読みと、かなりよく一致します。
括弧内のドミサイル・エグザルテーション・フォール・デトリメントは、惑星がその星座で力を発揮しやすいかどうかを表す古典的な分類で、吉凶の判定ではありません。三大星座、十天体、アスペクトの読み方はアセンダント、月星座、十天体、アスペクトをご覧ください。後知恵への注意はここでも同じです。結果を知ってからホロスコープを見れば、どの星座にも説明がついてしまいます。
正直なひとこと:有名人の人生から命式を振り返ると、何でも当たって見える
私たちはエリザベス2世がその後に何を成し遂げたかをすでに知っているので、命式を振り返ればどの字にも何かしらの説明がついてしまいます。心理学でいう後知恵バイアスです。だからこのページでは、命式と合わないところもあえて並べました。逆の立場で考えてみてください。この命式を名前を伏せて十人の鑑定士に見せても、「七十年在位する女王になる」と言い当てる人はまずいないでしょう。命式が語れるのは、その人がどんなやり方で物事を成し遂げ、どんな代償を払い、いつ浮き沈みが来るかであって、成功の大きさは測れません。当サイトの内容は参考・娯楽を目的としたものであり、投資の助言ではありません。
あなたの印星は少なすぎる? 多すぎる?
このページの四柱、通変星、強弱の点数、大運は、すべて当サイトのトップページの命式と同じエンジンで出しています。生年月日を入れれば、あなたの命式に印星がどれくらいあるか、それが頼れる資源なのか、身にのしかかる責任なのかがわかります。
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エリザベス2世の命式のよくある質問
エリザベス2世は何時に生まれましたか?
公式記録によると、1926 年 4 月 21 日午前 2:40、ロンドンのメイフェア地区生まれです。当時のイギリスは夏時間で、真太陽時に換算すると約 1:41、丑の刻です。
エリザベス2世の命式は?
丙寅 壬辰 庚辰 丁丑です。辰月生まれの庚金が日干で、日柱の庚辰と月柱の壬辰は、伝統的な神殺ではどちらも魁罡です。
エリザベス2世の日干は身強ですか、身弱ですか?
当サイトのエンジンの判定は中和で、点数は 0.419 です。印星(土)が命式の約 39% を占めて重すぎ、病となっているため、土は喜神から忌神に移り、土をほぐす木を取ります。喜神は木・金、忌神は火・土です。
魁罡とは何ですか?
庚辰・壬辰・庚戌・壬戌の四つの干支を、伝統的な神殺では魁罡と呼びます。古書はこの生まれの人を剛強で決断力があると説きます。当サイトは神殺を補助的な参考とし、比重はごく低くしています。
マリリン・モンローの命式とどんな関係がありますか?
二人とも 1926 年、丙寅の年の生まれで、日干はどちらも金です。エリザベス2世は庚金(丙寅 壬辰 庚辰 丁丑)、マリリン・モンローは辛金(丙寅 癸巳 辛酉 癸巳)。遊びとしての比較で、性格の断定ではありません。
命式から女王になるとわかりますか?
わかりません。彼女の王位は血統と伯父の退位から来たもので、どちらも命式には書かれていません。命式が語れるのは、印星が重すぎ、責任と身分がのしかかるという、彼女が背負った重圧のかたちです。