マリ・キュリーの四柱推命:重圧の星に囲まれた晩秋の辛金

マリ・キュリー(本名マリア・スクウォドフスカ)は、女性が大学に進めなかったロシア支配下のワルシャワで育ちました。家庭教師として何年も働いて学費をため、パリのソルボンヌにたどり着いたのは 24 歳のときです。夫ピエールとともにポロニウムとラジウムを発見し、女性として初めてノーベル賞を受け、異なる二つの自然科学分野でノーベル賞を受けた人物は今も彼女ひとりです。出生時刻は二説あり、洗礼証明書は正午、娘の伝記は「日の出の少し後」としています。命式は丁卯 庚戌 辛卯 甲午(日の出の説では時柱壬辰)。晩秋に生まれた辛金で、地支が正官・偏官の火局を組みます。どちらの説でも中和、喜神は土・金。この命式でいちばん目を引くのは、二つのノーベル賞がどちらも、天干地支とも忌という大運が二十年続いた中で取られていることです。

出生データ:洗礼証明書と伝記

洗礼証明書(主な命式)娘の伝記(比較)
時刻正午 12:00「日の出の少し後」、7:15 ごろと推定
真太陽時12:16(午の刻)7:31(辰の刻)
命式丁卯 庚戌 辛卯 甲午丁卯 庚戌 辛卯 壬辰
日干の強さの点数0.4050.440
判定/喜神中和/土・金中和/土・金

出生データ集の Astro-Databank は、洗礼証明書にある正午を採っています。1867 年のワルシャワは地方時を使っており、11 月上旬は均時差で実際の太陽が 16 分ほど先に進むため、真太陽時(四柱推命で使う現地の太陽時)は 12:16、午の刻になります。娘エーヴは伝記で日の出の少し後に生まれたと書いており、こちらなら辰の刻です。二つの説は身強身弱の判定・喜神・大運がすべて同じです。念のため十二の時辰すべてで命式を出したところ、9 通りで喜神が土・金になりました。以下は洗礼証明書の午の刻を主な命式とします。

四柱と通変星

マリ・キュリーの命式(当サイトのエンジン、午の刻)

1867 年 11 月 7 日 午の刻・女性

年柱丁卯
月柱庚戌
日柱・日干辛卯
時柱甲午
  1. 日干は辛金(宝石のような繊細な金属)で、戌月生まれ。戌は辛金と丁火を蔵する乾いた土で、土は金を生むので、晩秋の辛金には根があります。
  2. 年干に丁火(偏官)が透出し、地支では卯と戌が合して火、午と戌が火の半会をなします。重圧の星が地支で局を組んでおり、命式全体でもっとも大きな重圧です。
  3. 月干の庚金(劫財)と時干の甲木(正財)が冲します(甲庚の冲)。助け手と財の星がぶつかっています。
  4. 年柱と日柱の二つの卯木は偏財で、これも火を燃やします。財が重圧の星を生んでいるので、重圧はひとつの方向からだけ来るのではありません。
柱干支天干の通変星蔵干(通変星)
年柱丁卯偏官乙(偏財)
月柱庚戌劫財戊(印綬)・辛(比肩)・丁(偏官)
日柱辛卯日干乙(偏財)
時柱甲午正財丁(偏官)・己(偏印)
0.405日干の強さの点数(午の刻)
0.440日干の強さの点数(辰の刻)
土・金喜神
木・火忌神

当サイトの強弱エンジンは、季節、根、透干、印・比劫の助け、財・官・食傷による消耗を点数化します。0.35 未満は身弱、0.55 を超えると身強です。

0.405 という点数は中和です。辛金は戌土に生じられ庚金に支えられていますが、正官・偏官の火局に攻められ、卯木の財がその火をさらに燃やします。喜神は土(印)と金(比劫)、忌神は木(財)と火(正官・偏官)です。

女性の命式で官殺が局をなすと、伝統的には「生涯大きな外圧を受け、それによって粘り強さが鍛えられる」と読まれます。女性の大学進学を認めない国で育ち、パリに来てからも学界ではごく少数の女性で、受賞後は外国人嫌いと女性蔑視にもとづく報道の攻撃を受けました。ただし、それはあくまで後からの読みです。

大運:二つのノーベル賞は、ともに忌の二十年の中

陰年(年干の丁は陰)生まれの女性なので、大運は順行し、2 歳から始まります。二つの出生時刻の説で大運は同じです。

大運通変星年喜忌この時期の出来事
壬子傷官1878〜1887平/平中等学校を首席で卒業し、非合法の「移動大学」で学ぶ。1885 年から家庭教師として働き、パリで医学を学ぶ姉の学費を支える
癸丑食神1888〜1897平/喜1891 年にソルボンヌへ。1893 年に物理学、1894 年に数学の学位を取得し、1895 年にピエールと結婚
甲寅正財1898〜1907忌/忌1898 年にポロニウムとラジウムを発見。1903 年、ピエール、アンリ・ベクレルとともにノーベル物理学賞。1906 年にピエールが路上の事故で亡くなり、彼女がソルボンヌの職を引き継いで初の女性教授となる
乙卯偏財1908〜1917忌/忌1911 年に単独でノーベル化学賞。1914 年にラジウム研究所が完成。第一次世界大戦中は移動式 X 線車を運転して前線へ
丙辰正官1918〜1927忌/喜1921 年にアメリカを訪れ、研究用のラジウム 1 グラムを贈られる
丁巳偏官1928〜1937忌/忌研究所の指揮を続け、1934 年 7 月に死去

「喜/忌」は天干・地支の順に、その五行がこの命式にとって喜神・用神(喜)か、忌神(忌)か、どちらでもない(平)かを示します。

1898 年から 1917 年までの甲寅・乙卯の二つの大運は、天干も地支も木です。木は彼女にとって財の星で忌神、しかも木は火を生んで重圧の星をさらに強めます。ふつうの読み方なら、「非常に苦しい」二十年になるはずでした。

実際、苦しい時期でした。雨漏りのする小屋で何トンもの鉱石の残りかすを処理し、夫を失い、受賞後は外国人嫌いと女性蔑視にもとづく攻撃にさらされました。それでも同じ二十年の間に、二つの新元素を発見し、ノーベル賞を二度受け、ソルボンヌ初の女性教授になっています。忌の大運が表すのは代償と重圧であって、成果があるかどうかではありません。彼女の人生はその何よりの例です。

マリ・キュリーは 1934 年に亡くなりました。当サイトでは四柱推命で健康・寿命・死因を論じません。これはこのシリーズのすべての命式で同じです。

いくつかの節目の年

年年柱喜忌出来事
1891辛卯喜/忌列車でパリへ向かい、ソルボンヌに入学
1895乙未忌/喜ピエール・キュリーと結婚
1898戊戌喜/喜7 月にポロニウム(祖国ポーランドにちなむ名)、12 月にラジウムの発見を発表
1903癸卯平/忌ノーベル物理学賞。女性初のノーベル賞受賞者に
1911辛亥喜/平単独でノーベル化学賞

1898 年は戊戌の年で、天干の戊土も地支の戌土も印綬、一年を通して喜であり、しかも彼女の命式がいちばん必要とする土です。天干地支とも忌の大運の中で、生涯でもっとも重要な発見が、全面的に喜の年に重なっています。1903 年は癸卯の年で、天干は平、地支の卯木は忌ですが、最初のノーベル賞を受けました。1911 年は辛亥の年で、天干の辛金は比肩で喜、二度目の受賞です。ここでは対応関係を並べるだけにとどめます。

命式が実際の人生と合わないところ

忌の大運が二十年続けば、二十年失敗が続く。

彼女は天干地支とも忌である甲寅・乙卯の大運の中で、ノーベル賞を二度受けています。忌の大運が表すのは代償と重圧であって、成果ではありません。

重圧の星だらけの女性の命式は、苦労ばかりの人生になる。

正官・偏官は外からの重圧と、その人が従うルールを表します。彼女への重圧は確かに大きく、それこそが彼女をルールを破る人にした理由でもあります。

命式を見れば、ノーベル賞を二度取ることがわかった。

わかりません。1867 年 11 月 7 日に世界で生まれた女の子は、おそらく何万人もいます。19 世紀末の物理学の大転換、ピエールとの協力関係、パリの科学界は、どの命式にも書かれていません。

紫微斗数の命盤

同じ出生時刻を紫微斗数(しびとすう)で出したものです(三合派。当サイトの紫微斗数の命盤作成と同じエンジンで、上の四柱推命と同じ真太陽時を使っています)。四柱推命は五行の強弱と喜忌を見、紫微斗数はどの星がどの宮に入るかを見ます。二つの体系は問いが違うので、まず紫微の命盤を単独で示し、そのうえで四柱推命の読みとどこが一致し、どこが違うかを説明します。

金色の枠が命宮、薄い色が命宮の三方四正(財帛宮・官禄宮・遷移宮)です。色付きの小さな札は生年四化、赤字は六煞星、星名の後ろの小さな字は廟旺(明るさ)です。

項目内容
命宮(巳)天相(得)。身宮も命宮と同じ宮
身宮命宮
五行局火六局(6 歳から大限、順行)
生年四化太陰化禄が子女宮に・天同化権が奴僕宮に・天機化科が子女宮に・巨門化忌が兄弟宮に
財帛宮天府(廟)
官禄宮空宮(対宮の夫妻宮の紫微・貪狼を借りる)
遷移宮武曲(平)・破軍(平)
夫妻宮紫微(旺)・貪狼(利)

洗礼証明書にもとづく正午の説では、紫微の命盤は天相が命宮(巳宮)に入り、身宮も同じ宮にあって、天馬・陀羅・地劫・地空が同居します。財帛宮は天府が廟で左輔・右弼を伴い、官禄宮は空宮、その対宮の遷移宮は武曲・破軍です。天相は原則を重んじ分をわきまえる星、天馬は遠くへの移動を表します。24 歳でロシア支配下のポーランドを離れパリへ学びに出た彼女には、この読みが通ります。日の出の説では命宮が紫微・破軍となり、はるかに開拓型の組み合わせです。紫微の命盤は二つの説でまったく違うのに、四柱推命はどちらも中和で土・金が喜神。紫微斗数が四柱推命よりずっと出生時刻に左右されることを示す、もうひとつの例です。

ほかの出生時刻の説で出すと、紫微の命盤は次のように変わります。

説出生時刻命宮財帛宮官禄宮
洗礼証明書 12:001867-11-07 12:16(真太陽時)・午の刻天相天府空宮
日の出の少し後(7:15 ごろ)1867-11-07 7:31(真太陽時)・辰の刻紫微・破軍武曲・七殺廉貞・貪狼

四柱推命の時柱は 2 時間ごとに変わりますが、日柱から上は動きません。紫微斗数の命宮は生まれ月と時刻で決まるため、時刻が変わると命宮・身宮・五行局、そして主星の配置がすべて一緒に動きます。同じ出生時刻の争いでも、紫微への影響のほうがふつうは大きくなります。

流派、閏月、子の刻の扱いは紫微斗数の命盤ページの設定説明を、二つの体系の違いは四柱推命と紫微斗数をご覧ください。後知恵への注意はここでも同じです。結果を知ってから命盤を見れば、どの星にも説明がついてしまいます。

西洋占星術のホロスコープ

同じ出生の瞬間を、西洋占星術のホロスコープ(出生図)で出したものです(トロピカル方式、プラシーダス方式のハウス。当サイトのホロスコープ作成と同じエンジン)。ホロスコープは生まれた瞬間の空を使うので真太陽時への換算は不要ですが、アセンダントとハウスを決めるには出生地の緯度が必要です。四柱推命と紫微斗数はどちらも暦から導きますが、ホロスコープは惑星の位置を直接計算します。三つの体系は出発点が違うため、まずホロスコープを単独で示し、そのうえで四柱推命・紫微斗数の読みと重なる点を説明します。

牡羊牡牛双子蟹獅子乙女天秤蠍射手山羊水瓶魚123456789101112ASCMC海12°R冥15°R天12°R北交12°日14°土25°金25°火29°水6°木28°月16°
洗礼証明書 12:00・1867-11-07 12:00(地方平均時)
項目内容
太陽蠍座 14°34′、第9ハウス
月魚座 16°28′、第2ハウス
アセンダント(ASC)山羊座 12°03′
支配星土星、蠍座の第10ハウス(アセンダントの星座の古典的な支配星)
MC(天頂)蠍座 18°37′
水星射手座 6°38′、第10ハウス(デトリメント)
金星蠍座 25°34′、第10ハウス(デトリメント)
火星蠍座 29°36′、第10ハウス(ドミサイル)
木星水瓶座 28°00′、第1ハウス
土星蠍座 25°16′、第10ハウス
十天体のエレメント火 2・地 1・風 1・水 6/活動宮 2・不動宮 6・柔軟宮 2
もっとも緊密なアスペクト天王星と海王星のスクエア(0.1°)・金星と土星のコンジャンクション(0.3°)・太陽と冥王星のオポジション(0.6°)

太陽・金星・火星・土星の四天体がそろって蠍座にあり、そのうち三つが第10ハウス(仕事と社会的な達成)に集まっています。蠍座は深さ、探究、「目に見えない力」をもっとも重んじる星座で、火星は蠍座でドミサイルです。雨漏りのする粗末な小屋で何トンもの鉱石の残りかすを四年間処理し続け、目に見えない放射性元素をほんのわずか取り出した人を思えば、連想せずにはいられません。十天体のうち六つが水のサインにあります。洗礼証明書の説ではアセンダントが山羊座で、支配星の土星も第10ハウスにあり、規律と長い積み重ねを表します。日の出の説ではアセンダントが蠍座です。後知恵への注意:放射能や見えない力といった連想は、どれも彼女の業績を知っているからこそ見つかるものです。

もう一方の出生時刻で出すと、ホロスコープは次のように変わります。

説出生時刻アセンダント月支配星
洗礼証明書 12:001867-11-07 12:00(地方平均時)山羊座魚座土星・第10ハウス
日の出の少し後1867-11-07 7:15 ごろ(地方平均時)蠍座魚座火星・第1ハウス

惑星は一日ではほとんど動かないので、太陽と水星〜冥王星はどちらの説でもほぼ同じです。いちばん変わるのはアセンダントとハウスで、およそ 2 時間ごとに命盤全体がひとつのハウス分回ります。

括弧内のドミサイル・エグザルテーション・フォール・デトリメントは、惑星がその星座で力を発揮しやすいかどうかを表す古典的な分類で、吉凶の判定ではありません。三大星座、十天体、アスペクトの読み方はアセンダント、月星座、十天体、アスペクトをご覧ください。後知恵への注意はここでも同じです。結果を知ってからホロスコープを見れば、どの星座にも説明がついてしまいます。

正直なひとこと:有名人の人生から命式を振り返ると、何でも当たって見える

私たちはマリ・キュリーがその後に何を成し遂げたかをすでに知っているので、命式を振り返ればどの字にも何かしらの説明がついてしまいます。心理学でいう後知恵バイアスです。だからこのページでは、命式と合わないところもあえて並べました。逆の立場で考えてみてください。この命式を名前を伏せて十人の鑑定士に見せても、「ノーベル賞を二度受ける」と言い当てる人はまずいないでしょう。命式が語れるのは、その人がどんなやり方で物事を成し遂げ、どんな代償を払い、いつ浮き沈みが来るかであって、成功の大きさは測れません。当サイトの内容は参考・娯楽を目的としたものであり、投資の助言ではありません。

あなたの命式に、重圧の星はいくつある?

このページの四柱、強弱の点数、大運は、すべて当サイトのトップページの命式と同じエンジンで出しています。生年月日を入れれば、あなたの正官・偏官が局をなしているか、日干がそれを背負えるか、どの五行が喜神かがわかります。あなた自身の出生時刻にも二つの説があるなら、両方で出して判定が変わるかどうかを確かめてみてください。

出生時刻に二つの説がある?

考えられる二つの時刻で命式を出し、四柱、日干の強弱、喜神、大運を無料で確かめて、判定が変わるかどうかを見てみましょう。

マリ・キュリーの命式のよくある質問

マリ・キュリーは何時に生まれましたか?

1867 年 11 月 7 日、ポーランドのワルシャワ生まれです。洗礼証明書は正午(真太陽時で約 12:16、午の刻)、娘の伝記は日の出の少し後(辰の刻)としています。どちらの説でも身強身弱の判定・喜神・大運は同じです。

マリ・キュリーの命式は?

午の刻の説では丁卯 庚戌 辛卯 甲午、辰の刻の説では丁卯 庚戌 辛卯 壬辰です。日干は戌月生まれの辛金で、年干に丁火(偏官)があり、地支では卯と戌が合して火、午と戌が火の半会をなします。

マリ・キュリーの日干は身強ですか、身弱ですか?

中和です。午の刻の説は 0.405、辰の刻の説は 0.440 で、どちらも土・金が喜神、木・火が忌神です。

ノーベル賞を受けた時期の運勢は?

1898〜1917 年、天干も地支も忌という大運が二つ続きましたが、その二十年の間にポロニウムとラジウムを発見し、ノーベル賞を二度受けました。ラジウムを発見した 1898 年は、一年を通して喜の年でした。

マリ・キュリーの星座は?

太陽は蠍座、月は魚座で、太陽・金星・火星・土星がそろって蠍座にあります。アセンダントは出生時刻によって、山羊座(洗礼証明書)または蠍座(日の出の説)です。