二運・二黒土星 坤土(1884〜1903):世界中で境界が引き直された
二運には二黒土星(中国式の星名は巨門)が配され、卦は坤(こん)、五行は土、方位は南西です。坤は六本の爻がすべて陰の卦で、大地であり、母であり、「すべてを載せる」土台です。土の気は速くはありませんが重く、境界、所有権、人口、大衆を司ります。今回の二運は1884年(明治17年)〜1903年(明治36年)。この二十年に世界がしたことは、突き詰めれば一つだけでした。土地に線を引き直し、登記し直し、分け直すこと。アフリカから台湾まで、税の台帳から土地の権利書まで、例外はありません。
- 九星
- 二黒土星(巨門)
- 卦
- 坤
- 五行
- 土
- 方位
- 南西
- 人物の象
- 老母
- 今回の周期
- 1884–1903前回 1704–1723
この運の気:「坤」とは何か
坤卦は六爻すべてが陰で、純粋な受容を象徴します。自分から生み出すのではなく、受け止め、養い、支える。ですから坤土の気は、良いときには「厚徳載物」――制度がしっかりし、基盤となる工事が完成し、人口や資源がきちんと落ち着きます。悪いときには重く、滞り、押さえつけられて動けない状態になります。二黒は玄空飛星の風水では「病符」とも呼ばれますが、これもこの滞った重い気を指しています。
坤は老母、大衆、布、田野を表します。人事に落とし込むと、もっとも基礎的で動かしにくいもの――土地の帰属、戸籍の登録、大衆の動きを司ります。二運が当令のときの典型的な出来事は、天才のひらめきではなく、大規模な調査、境界を引き直す条約、大衆の一斉の動きという形をとります。
1884〜1903年:この二十年に起きたこと
この二十年、地図は見る影もなく書き換えられました。アフリカの分割から台湾の割譲、土地の測量から民衆の暴動まで、テーマはすべて「土地と人」をめぐっています。
- 1884ベルリン西アフリカ会議が開かれる(〜1885年)
列強が一枚の地図に定規で線を引き、アフリカを分け合いました。坤は地。二運の幕開けは、もっともあからさまな土地の分割でした。
- 1885清朝が台湾を省に昇格させ、劉銘伝が初代巡撫に
台湾は福建省の一府から一つの省になり、田賦の測量や鉄道の敷設が始まります。省を建てることは制度を建てることで、これはまさに土の仕事です。
- 1886ベンツが自動車の特許を取得
機械が自分で地面を走り始めました。土の運でもっとも重要な技術が、陸上の距離を縮めるものだったのは興味深い一致です。
- 1894日清戦争が始まる
二十年前の一運で黙々と力を蓄えていた日本が、ここで表舞台に出てきます。
- 1895下関条約で台湾・澎湖が日本に割譲され、台湾で乙未戦争が起こる
一枚の条約で一つの土地が引き渡されました。台湾の近代史は、この年を境に無理やり二つに折られます。
- 1898清で戊戌の変法(百日維新)、後藤新平が台湾総督府の民政長官に
一方は失敗に終わった体制改革、もう一方はこれから始まる徹底した測量。二通りの「土地の治め方」です。
- 1898台湾で土地調査事業が始まる(〜1905年)
日本の植民地政府が台湾全土の土地を一筆ずつ測量・登記し、近代的な地権を確立しました。台湾の地籍の骨格は、この坤土の運のなかで築かれたのです。
- 1900義和団事件、八か国連合軍が北京に入る
坤は大衆です。民衆の感情が押し上げた運動が、八か国の軍隊とぶつかりました。
- 1901北京議定書(辛丑条約)締結
四億五千万両の賠償金は人口割りで計算され、帝国全体の人と土地をまとめて抵当に入れたも同然でした。
- 1903ライト兄弟が初の動力飛行に成功
二運の最後の一筆で、人類は地面を離れました。そして次の運は、まさに震です。
一周期さかのぼる:1704〜1723年の同じ運
三元九運は180年で一巡するため、前回の二運は1704〜1723年でした。二つの周期を並べると、テーマの重なりはかなりはっきりしています。
前回の二運:1704〜1723年一つ前の180年周期
- 1712 康熙帝が「今後増えた人口には人頭税を加えない」と詔する――前年の成年男子の数を基準に固定し、その後の人口増には丁銀(人頭税)を課さないことにしました。人と土地の関係を改めて定め直した出来事です。
- 1720 イギリスで南海泡沫事件――大衆の熱狂が一つの会社を天まで押し上げ、そして叩き落としました。坤は大衆。人々の心が動けば何でも支えられ、何でも押しつぶせます。
- 1722 康熙帝が崩御し、雍正帝が即位――徹底した洗い直しで知られる皇帝が登場し、次に手をつけるのはまさに田賦でした。
- 1723 雍正帝が攤丁入畝(人頭税を土地税に組み込む改革)を推進――中国二千年の税制で最大の転換です。その核心は土地でした。
二つの周期の二運は、同じ問題に取り組んでいます。人と土地の勘定をどうつけるか。1712年に康熙帝が丁数を凍結し、1723年に雍正帝が丁銀を地税に組み込む。1884年に列強がアフリカに線を引き、1898年に日本が台湾で一筆ずつ測量する。技術はまったく違っても、していることは同じ、誰が何を持っているかを登記し直すことです。ここから分かるのは、二運は「金運」でも「不運の時代」でもなく、土台を掘り起こして敷き直す二十年だということ。痛いかどうかは、どちら側に立っているかによります。
二運で追い風を受けるもの、退いていくもの
当運の五行は土です。土の性質に合う業種ややり方は少ない力で進み、反対の方向は同じ成果を得るのに余計な力が要ります。
当運で勢いを得るもの
- 土地、農業、地政、建設と基盤工事
- 制度にかかわる仕事:税務、戸籍、統計、保険
- 大衆向けの商売:大衆消費、量販、生活必需品
- 長い積み重ねが必要な業種――厚い土のような息の長い商売
- 「基礎を築く」あらゆる仕事。速さより安定
相対的に退くもの
- 器用さとスピードだけで勝負するやり方(土は軽いものを押さえきれない)
- 過度なレバレッジと投機――二運の土は浮ついたものを嫌う
- 個人の英雄主義:坤は大衆で、突出した者は集団に反発されやすい
- 基礎工事を嫌う業種は、二運では特に元の姿に戻されやすい
あなたの命式と二運
二運は土の運です。命式で土を喜ぶ人(日干がやや弱く比劫の助けが要る土の日干や、水が多く土で堤防を築きたい命式に多い)は、この二十年、足元がしっかりする感覚を得やすいでしょう。資源が守れ、物事が長続きします。土を忌む人(土がすでに厚すぎて詰まり、木で疏通し水でうるおす必要がある命式など)は、土の運で息苦しさ、行き詰まり、動かなさを感じやすくなります。そのとき必要なのは、さらに力を入れることではなく「疏(とおす)」こと。環境を変え、やり方を変え、たまったものを片づけることです。
坤にはあまり語られないもう一つの意味があります。坤は「代わりに担う」ものであって「主」ではないということです。乾が頭なら坤は受け手で、坤の徳は託されたものをしっかり受け、育て、次に渡すことにあります。ですから二運でうまくやっていける人は、いちばん押しの強い人ではなく、いちばん重荷に耐え、安心して任せてもらえる人であることが多いのです。四柱推命でいえば、官殺(正官・偏官)の「推進力」ではなく、印星と比劫の「受け止める力」にあたります。
正直なひとこと:照合は因果ではありません
上のリストは後から整理したものです。歴史上の出来事にはそれぞれ明確な政治・経済・技術の原因があり、「二運に入ったから」起きたわけではありません。どの二十年にも、ある卦象に合う大事件は見つかります。違いは、合うものが記憶され、合わないものが忘れられることだけです。
それでも読む価値があるのはなぜか。三元九運が役に立つ単位を与えてくれるからです。二十年は、ひとつのやり方が芽生え、定着し、やがて通用しなくなるまでの長さにちょうど重なります。二運を「その時代に何がいちばん少ない力で済んだか」を映す鏡として使えば、占いとして使うよりずっと役に立ちます。当サイトの内容は参考・娯楽を目的としたものです。
あなたの命式は土を喜ぶか、忌むか
時代がどの運にあるかは、誰にとっても共通の背景です。実際に順調かどうかを決めるのは、あなた自身の五行の喜忌と大運。まず命式を出して、日干の強弱と用神・喜神を確かめてください。
二運(坤土)のよくある質問
二運は何年から何年までですか?
今回の三元九運の周期では、二運は西暦1884年から1903年までで、区切りは立春です。前回の二運は1704〜1723年、次は2064年からになります。二運は上元の二番目の運で、一運(1864〜1883年)と三運(1904〜1923年)のあいだにあたります。
二黒はなぜ「病符」と呼ばれるのですか?
二黒は玄空飛星の風水で「病符星」と呼ばれることが多く、坤土の重く、陰にこもり、滞りやすい面を取ったものです。ただし区別が必要です。飛星が扱うのは一軒の家や一つの方位の、ある期間の吉凶で、住まいの風水の実践レベルの話です。三元九運が扱うのは時代全体の気候です。二運を「病の時代」と読むのは二つの物差しを混ぜた使い方で、適切ではありません。坤土の本当の性格は受容と重さで、良いときは厚く基盤が安定し、悪いときは滞って動かなくなります。なお日本の九星気学でも二黒土星は「大地・母」の星とされますが、使い方は異なります。
台湾の土地調査はなぜ二運の例によく挙げられるのですか?
時期と性質があまりに典型的だからです。1898年から1905年にかけて、日本の植民地政府は台湾で土地を一筆ずつ測量・登記し、近代的な地権制度を確立しました。現在の台湾の地籍の骨格はこのときに築かれています。坤卦は大地、受容、台帳への登録を表し、この事業は1884〜1903年の二運の後半にすっぽり収まります。ただしこれも後からの照合で、因果ではありません。同じ時期、世界各地では土地と無関係な大事件も数多く起きています。
命式が土を忌む人は、二運でどうすればいいですか?
土の運で土を忌む人がもっとも感じやすいのは「息苦しさ」です。物事が進まず、資源があっても使えず、人間関係が重くなる。解決策は倍の力で押すこと(それは土を足すことになります)ではなく、疏通と流れです。木で疏す(新しい方向を開く、新しいことを学ぶ、環境を変える)、水でうるおす(流動性を高め、資金や時間を動かないものに縛りつけない)。これは用神の基本的な考え方で、時代がどの運かとは関係ありませんが、土の運ではこの問題が大きく表に出ます。